古き良き郵貯

幼い私は、郵便局が好きだった。〇×局って、役所なんだろうが、所や署よりも、響きに丸みがある。「曲」に通じるからかな……。月に一回、小銭を貯めた貯金箱と通帳を持って、郵便局に行った。そこでは、コインを大きさで仕分ける器械が活躍して、持参額を計算してくれた。もっとも、前夜に、十枚ずつの山を作って、しっかりと額を確かめていたが。毎月、500円近い額を貯金できた。

小学校では、親たちに貯金を奨励した。入学と同時に、児童名義の郵貯を開設することを義務づけた。5年後の修学旅行に向けての資金作りの意味合いがあった。

中・高時代は、親にとやかく言われなくても、貯金通帳は、宝物に相当した。年玉のような臨時収入は、まず貯金することから始めた。思考が観念的に成り始めた時期だから、数字を見るのが楽しかった。

上京し、一人暮らしを始めた時の唯一の口座も、郵貯だった。小学生時代に作った口座を、そのまま継続したものだ。さすがに東京には、銀行が林立していたが、かしこまった雰囲気が、武骨な田舎者には不自然だった。それよりも、郵便局員の、筒袖のひじ当てをした執務姿が好きだった。1980年代前半のことだ。

そんな私から、一時期、郵貯の記憶が飛ぶ。1980年代後半になっている。金星銀行(仮称)が、最寄りの駅前にあった。ATMやキャッシュカードが普及・定着し始めた時期で、私も社会人になっていた。毎日のようにその前を通るから、その便利さに便乗した。

小泉首相が登場し、再び郵貯に目が向いた時には、小学生の頃に開設した口座は、残念ながら既に解約していた。今は「ゆうちょ」と呼ばれているので、当時とは別物に生まれ変わったのだろうと納得している。